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ウィキペディアのこととか。

アンブレラローラーの謎

「アンブレラローラー(UMBRELLA ROLLER)」という呼称は本当に存在するのか

高殿円さんの小説『上流階級 富久丸百貨店外商部』を読んでいたら(正確にはAudibleで聞いていたら)昔のイギリスには「巻き師」という職業があるという描写があった。

ステッキ代わりに持ち歩く傘を細く美しく棒のように巻く専門職で、もともと上流階級は傘を持ち歩く習慣がなく、ステッキ代わりという口実で傘を持つようになった

というような理由でその職業が存在したとある。
なるほどそういうこともあるかもしれないと一度は聞き流したが、専門職というところに引っかかった。

それだけで食っていけるのだろうか?

 

イギリス人は傘を差さないという話を、色々なところで聞く。

イギリスの雨は横殴りの時もあるし、霧雨状であるし、降ったり降らなかったりがころころ変わることから、コートやフードで雨をしのいできたからだそうだ。

あくまで傘を持つのはステッキの代用としてであり、雨が降っても差さない。

そして一度開いてしまえば、細く美しく巻くことは手間がかかる。

イギリス人が雨でも傘を差さない3つの理由

 

「英国では傘を細く巻くことを仕事とする人がいます」

英国紳士と傘の絆とは?時代を超える定番スタイルとして世界中に定着!

と、その名も「傘全集」というサイトに明記されていた。

このサイトの記述の参考文献を足掛かりに、もう少し調べてみようと思い立った。

参考文献のひとつ『傘 和傘・パラソル・アンブレラ INAX出版』には

  • 傘を広げないのは気取ってるからではない
  • たたむのに手間と費用が掛かるからだ
  • クリーニング店に出してきれいに仕上げてもらう

と書かれている。

この記述は山田勝氏によるによるものである。

山田勝 - Wikipedia

同書には

「ダンディズム初期時代においては傘はダサいものである」

とも書いている。それが時が経つに連れ、ブルジョワ的なものになっていく。産業革命による経済的な成長に伴い新興紳士が増えると持ち物も合理的に考えるようになり、傘を持つことも厭わなくなり、細く美しく巻かれることで、剣→ステッキ→傘という系譜で紳士のためのアクセサリーになった。

山田勝による『イギリス貴族 ダンディたちの美学と生活』(創元社 1994)には

「(傘をたたむには)玄人であるクリーニング店の技術だけが頼り」

となっていて、冒頭のような専門職ではない。

もしかすると「巻き師」ではなくクリーニング店のサービスのひとつなのではないか。

また別の資料では、「傘屋で巻賃を払って巻いてもらった」と書かれているものもあったが、その書籍には同じページに江戸しぐさのひとつである「傘かしげ」のマナーについての記述があることから、なんとなく内容に信頼がおきづらい。

 

Webでもいろいろ表記ゆれで検索してみた。

「傘 巻き師」「傘 巻き屋」「傘巻き職人」それぞれ送り仮名をとったもの。

【フォックスアンブレラ】まるでステッキのアニマルヘッド5年利用の感想 - toshiki-Blog

には、

昔は道端に傘巻き師がいたそうです。

靴磨きと同じ感覚で、路上で職人さんに傘を巻いてもらうのが紳士の嗜み

と書かれている。

 

【倶樂部余話】 No.311 フィナンシャル・ストライプ (2014.8.28) | JACK NOZAWAYA [倶樂部余話]

このサイトには

ロンドンの地下鉄の入り口には傘巻き屋がいるらしい、というのと同じ類の都市伝説なのかもしれません。

とあった。

 

『これは、欲しい。』山口 淳(2006/4/25) には、前述のリンクにもあった「フォックス・アンブレラズ」のCEOであるレイ・ギャレット氏から直接聞いた話として

かつて街のあちこちに、開いた傘を再びスタイリッシュに巻き直す傘巻き屋なる商売が実在したという。しかしメタルフレームとナイロン記事の登場で誰でも簡単に細身巻きができるようになり、傘巻き屋はその熟練の技を披露する機会を失ってしまったのだという

と書かれている。

フォックス・アンブレラズはイギリスの老舗傘ブランドである。

フォックス・アンブレラズ/Fox Umbrellasのブランド紹介:HIGH FASHION FACTORY

 

フォックスアンブレラズのレイ・ギャレットCEO(Ray Garrett)は前身となるRJ Royal &Sons社に1980年入社し、2003年に事業を受け継いだ際に創業者のThomas Foxから社名をFAX UMBRELLAS LTDに変更した。

山口氏がギャレット氏に話を聞いたのは2003年以降と考えられる。

先述の山田勝氏の著書は1994年のものなので、ギャレット氏からの情報ではないと思われる。

 

駐英大使の大切なお仕事/英国診断 駐英大使の体験から 北村汎 | それでも本が好き。

のサイトには1991年以降の感想として

イギリス人は帽子を被らなくなりました。

それに合わせて「傘巻き屋」も姿を消し、帽子を被って細く巻いた傘を杖のように持っていた英国紳士は姿を消してしまったのでした。

とある。

ここまでのつたない調査では

  • 傘を巻くことに対価を払う場合があった
  • クリーニング店がやっていた/傘屋がやっていた
  • 靴磨きのように職人が道ばたにいた

までしかわからなかった。

実はここまでが前置き

アンブレラローラー

今調べられる限りでは、この単語が記されているのは2006年の下記サイトが最古である。フォックス・アンブレラズ/Fox Umbrellasのブランド紹介:HIGH FASHION FACTORY

たとえば、ステッキとして、傘を日常的に携行しようと思えば、これを可能な限り細く巻くのは当然のことである。
しかるに、傘を細くきりりと巻くことは、思う以上に技術を要する作業であって、ここにその道のプロが誕生する。

アンブレラローラーという職業は、だから戦前までのロンドンには普通にあった。

「umbllera roller」とつづるものと思われる。

ところが。

Web上のどこを探しても「umbllera roller」では「傘を巻く人」のことが出てこないのである。
イギリスに在住していたことのある人や、現在イギリスにいる人に調べものとして文献をあたってもらっても「umbllera roller」という職業や役割が出てこないのである。


ここまでの結論:

  1. フォックスアンブレラズ由来のソースからしか「アンブレラローラー」という単語が見つけられない。
  2. 「傘を巻く人」の職業や役割はあったかもしれないが、「アンブレラローラー」と言う単語はフォックスアンブレラズの日本代理店で生まれたのではないか。
  3. フォックスアンブレラズの傘が欲しくなった。