Racco

ウィキペディアのこととか。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の評価を訂正します。

このブログでは、自分が知っている情報をもとに映画『ボヘミアン・ラプソディー』について何回かに分けて書いてきた。

これを書いている時点でまだ映画はロードショー上映されていて、海外でも応援上映が検討されているというニュースが入ってきている。

そんな中、ブライアンとロジャーのゴールデングローブ賞の2部門受賞に伴うインタビューが同賞を主催するハリウッド外国人記者協会によって行われ、新しい事実が判明した。

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これにより、この映画の印象を変えざるを得ないので、訂正の意味も込めて書かせていただく。

上記のインタビューでブライアンはこういっている。

――ではライブ・エイドのときは、彼がHIVに感染していることは知らなかったのですね。

メイ「いや、彼が問題を抱えているのは知っていたし、放射線治療を受けているのも知っていた。彼が自分で告白するまでのあいだ、僕らはずっと疑っていたけれど、直接問いただす勇気がなかったんだ」

 またその前には

僕らは脚本を書いていないが、この映画でいくつかのを出来事が起きた時期をずらすことを許可している。

 とも発言している。

つまり時系列については、彼ら(May&Taylor)は許可という形である程度の意見を聞かれる立場ではあった。

とすると、史実でもライブ・エイドの時点で、フレディはフレディで自身の健康状態について何らかの異変をすでに察しており、少なくともブライアンは、フレディが問題を抱え、放射線治療を受けているのを知っていたという心理状態の中でライヴエイドに臨んだということになる。

役者による演技はもちろんのこと、彼らの楽曲とパフォーマンスが映画の感動を呼んでいるというだけでなく、そのパフォーマンスには彼らなりの理由が存在していたということになる。

つまり、映画で描かれた結束は、(知られていなかった)事実ということだ。

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これまではジム・ハットンによる本「フレディ・マーキュリーと私」の中で、1987年に検査を受け、フレディは自分がエイズにかかっていることを知り、アルバム「The Miracle」(1989)を製作中にメンバーに伝えたということが事実として伝わっていた。

Lesley-Ann Jones.による「フレディ・マーキュリー~孤独な道化~」ではBarbara Valentinによる発言として、1985年にフレディは検査を受けたと書かれていることを教えてくださった方もいて、「多くの報道とちがい、バーバラはこれを85年だったと信じている」というような注釈がついていることから、ながらくは1987年のジムの記述が信じられてきた。

しかし、ブライアンの今回の発言は、時系列からしてもバーバラの記憶と合致してることになるので、「フレディはライヴエイドの時点で、体の異変に気付いていた」ということになる。

ブライアンは知っていたからこそ、この映画の多少の時系列の前後を気にしてなかったのかもしれない。

映画が成功すると、こうしていろんなことが明らかになるのだなと改めて感じる。