映画のちょっとしたネタバレも含みます。
「Live Aid」に関する文章をまず。
この映画の背景のひとつとして知っていると、ちょっと楽しみ方が増えるかもという知識。
Live Aid
大人たちは訊ねた。
「どうしてこんなことをしたんだ」
(Tell me why)少女は答えた。
「月曜日が嫌いだから」
(I don't like Mondays)
パンク・ロックのムーヴメントは様々なバンドを産み落とした。
本来の意味での「パンク」はその存在自体が社会現象であったがために、その歌詞の内容も社会的なメッセージを含んだ物が多かった。
反面、パンクのムーヴメントを利用して、本来はパンクを指向していないにもかかわらず、デビューを果たすバンドも多く、ポリスなどはその典型だった。
もうひとつ、毛色の違うバンドが印象に残っている。
彼らの最大のヒット曲「I Don't Like Mondays」は、アメリカで実際に起こったある事件にインスパイアされて書かれた曲で、ただ単に現代社会への不満などを歌うだけでなく、その事件そのものを歌詞に乗せたものだった。
その事件はこのようなものだった。
アメリカに住む16歳の少女が、ある日父親のライフルを持ちだし、学校の校舎から校庭に向かって乱射した・・・・・・というもので、事件の内容も衝撃的で、銃社会であるアメリカの一断面を見せたものであったがために、その部分でも盛んに論議が行われた。
しかし、事件そのもの以上に衝撃的だったのは「動機」だった。
何故こんなことをしたのかという問いに、彼女は
「I DON'T LIKE MONDAYS」
と答えた。 つまり、楽しかった休日を、退屈な現実に引き戻す「月曜日」がなくなってしまえばいいと。
この事件に深い印象を持ったブームタウン・ラッツのヴォーカリスト、ボブ・ゲルドフは「I Don't Like Mondays」という曲を書き、大ヒットを記録した。 もちろん楽曲的にも優れていた事は言うまでもない。
その後ブームタウン・ラッツは、日本で話題になるようなヒットは出ていない印象があった。 しかしボブ・ゲルドフは音楽で社会に貢献する事に主眼を置いたのか、「BAND AID」というプロジェクトをスタートさせた。
エチオピア難民救済のために、1984年に当時のイギリスの主に若手のミュージシャンたち(カルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、U2など)がボブ・ゲルドフのもとに集まり(ドラムはジェネシスのフィル・コリンズが担当)「Do They Know It's Christmas?」という曲を発表した。
この曲は当時イギリス音楽史上もっとも売れたシングル盤となり、その影響が飛び火してアメリカのアーティストたちも奮起し「USA FOR AFRICA」による「We Are The World」も発表された。
シングル盤の収益は難民救済のために寄付され、大きなプロジェクトを動かしさえすれば、音楽はまだまだ社会に対して影響力がある事が証明された事になる。
その後、あらゆる形での「エイド・ブーム」が行われる事になるのも、すべてはこの「BAND AID」が発端であり、ボブ・ゲルドフは今では「SIR」の称号を受けている。
ボブ・ゲルドフは「BAND AID」というプロジェクトを単発で終らせはしなかった。
有名ミュージシャンを一堂に会した「LIVE AID」の計画を実現させるべく、出演交渉を地道に行っていたのである。
彼自身は「世界中すべての人々に通用するバンドはクイーン」だという強い意志を持って、クイーンとの交渉を続けていた。
一方のクイーン。バンド内の雰囲気は相変わらず良くなかった。
「チャリティー」と言うものに対しても、それまで散々参加してみたものの、思っていたような効果が出ていないのではないか、という猜疑心も多少あったがために、返事を伸ばし伸ばしにしていた。
もちろん「サウンド・チェック」がないというのは大きな賭けであるし、20分間という持ち時間についても、話し合いは進められた。
そして、クイーンが出した答えは「やってみよう」だった。
1985年7月13日。ロンドン・ウェンブリー・スタジアムは7万人の観衆で埋め尽くされた。この日のためにリハーサルを3日間行ったクイーンは、ダイアー・ストレイツのステージの後、18:41にステージに姿を現した。
フレディは堂々たるパフォーマンスで観客を惹き付けた。
この日のフレディの喉の調子は信じられないほど良く、いつもならフェイクをして歌うような高いキーの部分も、出来るだけスタジオ・バージョンに忠実に歌っていた。
Bohemian Rhapsody
Radio Ga Ga
Hammer To Fall
Crazy Little Thing Called Love
We Will Rock You
We Are The Champions
*Is This The World We Created
実際には20分では収まらなかっただろうが、クイーンのパフォーマンスは観客だけでなく他の出演アーティストたちからも絶賛を浴びた。
誰もが「LIVE AID」のベスト・ステージは「クイーンだった」と口々に言い、誰もが「自分がクイーンを好きである」事を再確認した瞬間だった。
クイーンのアルバムは飛ぶように売れはじめた。
メンバーたち自身も「音楽に携わってきて以来、これほど光栄な事はなかった。バンドとしての存在価値を確認できた」と言っているように「LIVE AID」はクイーンの集大成を、僅かな時間で魅せつけたものだった。
クイーンは後から考えれば、絶妙なタイミングで存続の危機を回避した。
一歩ずつ、バンドとしての結束を固めていく方向に、再度向かっていくのである。
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さて、ここからは映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見た後に書いている。
感想
ざっくりとした映画の感想を一言でいうと、俳優さんが非常に頑張って敬意をもって役に取り組んでいることがよくわかる、素晴らしい映画だった。
現在もクイーンとして活動している、ブライアンとロジャーが監修しているだけあって(ギターのレクチャーも自らしていた、律儀なブライアン)、楽器を弾くシーンもステージもそれほど違和感がなく楽しめたし、本物に見えるカットもいくつかあった。
特にすごいなと思ったのは、ブライアン・メイ役の方の話し方と声。全く違和感がなかった。
逆に違和感があったのは、この映画の評価には既によく書かれていることのようだが、時系列が事実と若干異なること。
細かいことはどうでもいいし、メンバー2人がこれでよいと言ってるのだから、それでいいのだと思う。
ちょっとした懸念を書くならば、かつて脱出王の異名をとった奇術師・ハリー・フーディーニの伝記映画であるトニー・カーティス主演の「魔術の恋」(1953年)は、映画という娯楽が非常に大きな影響を持っていた時代のものだけに、その映画の結末が、実際のフーディーニの死因であると勘違いされた時期が永らくあったという。
ちょっとずつマニアックなことを書いていく。
この映画に当てはめれば、例えばジョン・ディーコンがベーシストとして加入する前から「Queen」という名前でライヴを行っているし、「We Will Rock You」のレコーディング時(どんどんぱん)の時には、フレディにひげは生えていない。
でも、些末的なことであるし、それがどうした的なことである。
ウェインズ・ワールド
この映画では、「6分もある曲がラジオでかかるわけがない」とEMIのレイ・フォスターがいう。この人物は架空のキャラクターで、実際にはクイーンの関係者のレイなる人物はいない。
しかし注目してほしいのはこの役を演じている役者である。
映画「ウェインズ・ワールド」(1992年)で車の中で「ボヘミアン・ラプソディ」をキレッキレで歌う人物こそがマイクである。
サウンドトラック・アルバムは、クイーンファンなら「買い」である。
20世紀FOXのテーマ(20th Century Fox Fanfare)はブライアンのギターによる多重録音であり、クイーンのファンならばまずここでニコっとしてしまう演出。
フレディばかりがクローズアップされることが多いが、デビュー当初のクイーンではブライアンのギター・プレイと音色が大きな注目を集めていた。それは後期になっても特徴として表れていた。
たとえば。
Anyway the wind blows...のあとのバンドサウンドによる「ジャーン」の塊は、クイーンならではのサウンドであり、特にブライアンのギターのサウンドによって特徴づけられている。
この1曲だけで買いである、と言いたいところだけれども、
サウンドトラックについてもう少し情報を見てみよう。
ボヘミアン・ラプソディ (オリジナル・サウンドトラック) - Wikipedia
このトラックリストを見て何か気づかないだろうか。
ライブ・バージョンで音声トラックとして初出のものもあるが、いわゆるスタジオ・バージョンでこれまでにリリースされたことがない、もっと言えば聞いたことがないバージョンが2曲入っていて、このサウンドトラック・アルバム以外では手に入らない。
そのうちの1曲は、Smileによる「Doing All Right (...Revisited)」。
既出のSmileの音源とは異なるバージョンである。Smileの曲ではあるが、Queenのファーストアルバムに入っている曲でもあり、ロジャーがリードヴォーカルの部分もある曲。
もう1曲は「"Don't Stop Me Now... Revisited" (previously unreleased)」。
これは従来リリースされているアルバム「Jazz」のバージョンとも違うし、ボーナストラックとして「Jazz」に収録されていることがある”with long-lost guitars”バージョンとも異なる。
最大の特徴は「Jazz」のバージョンではギター・ソロまでギターは全く入ってこないが、サウンドトラック・バージョンではリズムインのところからギターが入ってゴージャスな仕上がりとなっている。
この2曲はプロデュースのクレジットから察するに、この映画のためにアレンジしなおし、適宜レコーディング技術でトラックの追加などを行っているようだ。
少なくとも、ボーカルは「Jazz」のオリジナルバージョンのものだがエコーが深くかけられ、ギターは後からオーバーダビングされたもの。ドラム、特にスネアの音が異なる。
Bohemian Rhapsodyのノイズ
さて、この映画のタイトルにもなっている「Bohemian Rhapsody」。
この曲についてはいろいろな方が分析し、評価し、感想を述べているので、あまり触れられていないことを書いておく。
CDでも音声ファイルでもなんでもいい。あなたの持っている「Bohemian Rhapsody」の音源を注意深く聞いてみて欲しい。
2:10あたりの「Goodbye everybody-」の直後ドラムの音に合わせて左チャンネルからバリッバリッと2回のノイズが聞こえないだろうか。
YouTubeで聴けるスタジオ・バージョンの「Bohemian Rhapsody」のほぼすべては、このノイズが入っている。
私の手元には「Bohemian Rhapsody」のスタジオ・バージョンが入っているCDが8枚あったので、それらすべてを確認してみた。
2005-11-22 "A Night At The Opera" 30th AnniversaryEdition TOCP-67844
2002 "Gold" EKPD-0073
2002 "A Night At The Opera" DVD-Audio 7243 539830 9 3,
2001-11-21 Queen Greatest Hits TOCP- 65861
2000-06-28 Queen in Vision
2000 "A Night At The Opera" DCC Compact Classics 24kt Gold GZS-1144
1998-11-18 Queen Greatest Karaoke Hits Featuring The Original Queen Hit Recordings TOCP-65061-62
1991 "A Night At The Opera" Hollywood Records reissue HR-61065-2
この中で当該ノイズが入っていないのは、Karaoke Hitsだけである。これはカラオケながらクイーンのスタジオ音源を使用しているので(ミックスも幾分異なる)、ノイズだけをこのための取り除くとは考えにくい。
これら以前のアナログ盤を確認できていないものの、おそらくアナログからCD時代に移行する頃に、マスターテープにノイズが乗ってしまったのだろうと思う。
フレディの声域
映画の中では、声の調子が良くないフレディがLive Aidに臨むという流れになっているが、実際には上記したように20分間のライブを行うために3日間の入念なリハーサルを行っている。
このリハーサルの動画を見る限り、フレディの声の調子は良い。
調子を取り戻したというよりも、長い長いツアーで連日のように2時間を超えるコンサートを行ってきたクイーンが、20分の一発勝負のライブをやるにあたって、先のことを考えずにセーブする必要がなかったということも大きな要因である。
この映画のLive Aidのシーンには、実際の当日のクイーンによる演奏が使われている。
Mama, life had just begun,
But now I've gone and thrown it all away.
のnow I've goneはB♭の高さで、スタジオ・バージョンではファルセット、多くのライブではGの高さでフェイクをして歌っている音である。
Hammer To Fallの
You don't waste no time at all
は、Aまで上がっており、Bohemian Rhapsodyよりは半音低いが、これも多くのライブではフェイクしている音である。
Radio Ga Gaでは
You had your time, you had the power
は、B♭まで上がる。多くのライブではオクターブ下で歌い、ロジャーがB♭で歌うことによって補われている。
Live Aidの最後の曲、We Are the Championsでは一番だけだが
And we'll keep on fighting 'til the end.
のfightingの音はさらに高いCである。スタジオ・バージョンではファルセットで歌われ、多くのライブではフェイクで歌われる。
これらの高さの音が、すべてLive Aidでは、出ているのだ。
つまり、絶好調なのである。
先を考えずにリミッターを外していいライブだったということでもある。
Live Aidでは実際にHammer To Fallにおいて、声が裏返って聞こえる箇所があるが、フレディはライブにおいて、Aの音をフェイクせずにどこまでスムーズに出せるかどうか、実は試していたのではないか。
そんな風に考える根拠はこれ。
サウンドトラック・アルバムにも「Ay-Oh (Live Aid)」というトラック名で入っている、フレディならではのこの観客との掛け合い。
ひと際、声を長く伸ばして、力強く右手のこぶしを掲げるときの音が、Aなのだ。
そんなわけで、私はクイーンのファンなのである。
↓︎↓︎続きます。