Racco

ウィキペディアのこととか。

5/27

5月27日
成蹊大学の図書館と鶴ヶ島ウィキペディアタウン

海獺氏が尾道市立大学にてウィキペディアタウンの講師をした時に、ふくちのち館長の鳥越さんが見に来て下さり、その帰りに慌しく尾道駅前で尾道ラーメンをかんたくんたちと一緒に食べたご縁もあって、結構前から武蔵野の図書館総合展ではまたご一緒しましょうという話になっていました。

もともとこの日(5/27)は色々な予定が重なる可能性がありまして、当初予定では鶴ヶ島ウィキペディアタウンやるぞーだったのが、いろいろな事情で開催無理かもーと砂生さんからご連絡がありました。では、その日は一日総合展にと思っておりましたところ、『私の行動力は53万です』とばかりに砂生さんがめちゃ頑張ってなんとか調整を重ね、フィールドワーク抜きで(ランチで優雅に過ごしたあと)午後から小規模での開催が可能になりましたとのこと。そこで海獺氏はお話をするタイミングの午後3時くらいに会場につく感じで、それまでは吉祥寺の成蹊大学に出ますとお返事。鳥越館長に、そんなわけで海獺は午後から移動して埼玉の鶴ヶ島ウィキペディアタウンに行きますと伝えたところ、勉強になるし見てみたいので鶴ヶ島に一緒に行っても良いですか?と。結構遠いので路線図を示して移動がしんどいとお伝えしたものの、やはり見たいとのことで、海獺氏はエスコートすることに。さて、そんなこんなで当日、東京はわからないし電車もあまり乗らないという館長の今回の宿はゴジラがいるホテル。その建物の入り口まで迎えにいくことに。
いきなり!ラッコのマスコットを頂きました😆😆😆
吉祥寺までの電車移動も一度ホームを間違えた以外は完璧にこなした海獺氏。無事に10時頃吉祥寺に着き、駅前の地図で位置関係を確認。「吉祥寺図書館」の文字を見つけた館長は是非見たいとおっしゃる。私も角っこの街路樹を見たいので同行しました。やはり館長、企画や取組、掲示物、レイアウトなどが気になるようで、海獺氏はまるで皇室所縁のかたを護衛する感じの距離でついていきましたとさ。図書館から成蹊大学までは徒歩15分だとGoogleマップが言ってます。駅まで戻ってバスにのりますか?
館長『歩きましょう』
この日は日差しが強くてなかなか暑い。日焼けしそう。右側に学校らしい樹木が見え、手前のローソンで飲み物を買ってスマホを見ると、Facebookによれば茂出木理子さまも、こちらに向かっているとの事。2度目の初対面で御挨拶できるかな?
(一度、東工大博物館でご一緒しているが、御挨拶出来ておらず)鳥越館長をご存知の方も受け付けにはいらっしゃるなど、こちらはあまり顔バレはしてないものの『ウィキペディアのらっこ』としてマイナーな知名度もあるかもしれないなと思いつつも、こちらから挨拶はしづらい面もあり、館長が紹介してくださった方には御挨拶しようと決める。成蹊大学の情報図書館前で奥山さんにお会いしました。今までFacebookでお友達申請しても『会った人とじゃないと('ω'乂)ダメー』と言われていたため、めでたく。余野さんをご紹介頂き、鳥越館長を紹介するなど。少し遠くから、オシャレなお姉さんが受け付け棟の方へ移動しているのを確認。
|ω・`)じー
あ、あの人はっ!
『茂出木さん!』
感動の瞬間でございます。まわりに人がいなければ、ダンスでしたね。鳥越館長と茂出木館長の御挨拶はオシャレの競演でございます。野原みあちゃん、岡本さん、小池さん、鎌倉さん、小田垣さん(初対面)にもお会いできました。成蹊大学の情報図書館では、私はもっぱら荷物係で、上記の皆さんが中をぐるーっと回っている間、良い子で座っておりました。
その後少し茂出木さんとお話が出来て、大変ラッキー🍀そんなこんなで、砂生さんが車で迎えに来てくれる若葉駅の約束の時間に間に合わせるにはそろそろ大学を後にしないといけない時間になりました。
受け付けでネームプレートを返却して、たまたまそこにいらした岡本さんに挨拶してからと思ったけど、相変わらずお忙しくなかなか声をかけられそうにありません。もともと、砂生さんと私は、岡本さんを通じて知り合いになれたし、それが本日のウィキペディアタウンという形になった事への報告と感謝をメッセージして、成蹊大学を後にしました。大学構内では、途中、どこかの業者さんが、鳥越館長からちょっと離れた位置にいる海獺氏を見て『ご結婚なされたとは知りませんでした』みたいなことを言ってて、なんだか申し訳ない、というエピソードは書いていいんでしたっけ?😳長いので、ウィキペディアタウンについてはまた次回。

5/22

香川県の三日め

急遽、中俣教授が取ってくれた、宇多津駅前のホテルの朝ご飯はブッフェ形式。麦を食べて育った🐓さんの🥚は黄身が白っぽいけど栄養価が高いそうで、ご飯のおかわりをしてTKGでいただきました。大変満足。

10時に中俣教授とホテルの前で待ち合わせ。
ちょっと遅れた教授は、昨日ドサクサで私が食べられなかった大福を買ってきてくれました。ありがとうございます。三日も一緒にいるので多少見飽きましたけど、良い方です😆

講義は13時からなので、その前に宇多津を案内して下さるという。神石神社、宇夫階神社、重さ300㌧の巨石、そして、お遍路さんの78番目、郷照寺
ここの観音堂はすごかったです。いずれウィキペディアみたいなものを見るだけで行った気になれるようなテクノロジーができるのかな。ホテルに戻って荷物を受け取り、中俣教授は原付バイクでいったん香川短期大学へ。私は歩いてイオンの中のケーズデンキへ。そう、ノートパソコンのACアダプターを探しに。昼ごはんはまたどこかで食べましょうと言って別れました。ケーズデンキに規格が同じアダプターがあったのだけど、税込で5000円くらい? うーむ。手が出ません。
ほかの人のパソコンを借りれば済むし。
と、そこで海獺は思い出した。
隣にハードオフがあったぢゃないか。いそいそとハードオフに行ってみるとベースがたくさんあって本来の任務を忘れそうになる。ジャンクコーナーの箱にいっぱい入ったACアダプターを探すけど、同じ規格のはなかった。もう講義の時間も迫ってきたなと思っていると中俣教授から着信があったことに気づく。折り返してケーズデンキのとこで待ち合わせしていると、原付バイクで現れた。大学までの道をレクチャーしてもらい、あとからトコトコ歩いて行くのだが、途中道を間違ったため3マス戻る。やっとついて応接室に通され、大福で腹ごしらえ。
ACアダプターは規格が同じの事務の方を借りることが出来た。ラッキー😆一昨日、お会いした、三豊市ウィキペディアタウンを計画している田中さんご夫妻や、香川短期大学の教員のかた、近隣の図書館の方などが教室の最後方で見守る中、約80人の学生さん(男女比2:8くらい?)にお話をします。コミュニケーション学科の授業なので、ウィキペディアタウンよりも、ネットリテラシー情報リテラシーについて多めに、ウィキペディアの管理者をやってきた時の経験を交え、こういうことも実は危ないよーなどの話を75分ほど。まだ現時点でエントリーシートを見ていないので、どこが響いたかはわからないけれど、チラッと見た中には『小山くんと加藤くんはどんな感じでしたか?』みたいな質問もあり。講義の後は丸亀市立中央図書館の館長さんたちが、中俣教授と面会とのことで、なぜか同席しろといわれ、良い子で座る。なんだかんだで17時の電車に良い時間になったけど、ちょっとお腹が空いたので、駅前の一鶴という有名店で骨付き鳥をいただく。岡本さん御用達のお店らしい。
骨付き鳥をかぶりつく海獺を微笑みながら見つめる中俣教授。夜ごはんが近いので教授は軽く。わたわたと時間が過ぎ、帰る時間となりました。三日間すべて好天。おみやげはほんのちょっと。
とても刺激的な体験でした。
私で役に立つならば、またお邪魔します。
丸亀の美術館もゆっくり見たいし。香川の皆さん、ありがとうございました!😆😆😆

5/21

【初日5/21 晴】
丸亀2日目。
「うどんを食べに行くから7:50に駅に集合ね!」
というわけで、海獺氏は早起きをして少し散歩をして、駅まで5分ほどの距離を少し遠回りして、アーケード商店街を通って駅へ。
早朝なので、アーケード商店街で営業している店はないのだけれど、前日の土曜日にちらっと見た時も、そもそも営業している店はとても少ないように見えたし、朝歩いてみても、昼間に賑わっているイメージが湧かなかった。

この滞在の間、ずっと気になりつづけたのは、丸亀という街の元気のなさだった。これはdisりたいわけではなくて、うどんで有名な、お城で有名な四国の都市のイメージは、もう少し観光地っぽく、観光客を迎えるような、そんな活発さがあると思い込んでいて、でも、そうではなかった。駅前にはうどん屋さんはない。尾道の駅前にはラーメン屋さんがあったのに。
いろいろ聞いてみると、車社会なので郊外のイオンにみんな買い物に行く。駅という場所には電車で移動するために駅に行く以外の目的がない。だそうだ。うーむ。再び車で移動。ノートパソコンの電源ケーブルは、近くに電気屋さんがないのでとりあえず充電で持たせる方向で。
「よしや」さんといううどん店へ。幸い待たずに入れて、注文の仕方を店員さんにきいて、食べていると、どんどんお客さんが入ってきて、少し外で待つ人も出てきた。8:10ごろ。海獺氏が「もう少し効率的な提供ができるようにすれば、行列を減らして、回転が良くなって、もっと売り上げが上がりそうなのになー」と言うと、正面でうどんをすすっているファンキー高橋氏が「海獺さん、それは都会的な考え方なんだ。客はこの洗練されていないことも含めて楽しんでいるのだからこれでいいんだ」というような主旨のことをおっしゃり、深くうなずく。駅に戻る道すがら、中俣教授は大福を購入。一度駅に戻り、他の方々は会場となる「城乾コミュニティセンター」へ。海獺氏は今日の夜の切符を明日に変更するためにみどりの窓口へ。無事に変更完了。今夜の宿泊は中俣教授が手配してくれる。会場までは徒歩10分ほどかな。
わらわらと人が集まってきて、ちょっと会場が手狭な感じも。
いよいよウィキペディアタウンの始まり。
中俣教授のご挨拶と主催者の大西さんのご挨拶が終わり、海獺漫談の始まり。プロジェクタの位置とケーブルの長さの関係で、□の形に囲われたテーブルの中に、さらにテーブルをひとつ置いて、潜って、出てきて、プレゼン。
目の前にはおごはらさん(きれいなお姉さん:よいしょ)。
なんだかんだで、海獺氏のミッション完了。高橋さんのトーク
そしてフィールドワークへ。会場前の説明で猫を見かけるが逃げられる。
この辺の動きは他の人が書いてくれると信じてあまり書かないけど、玄要寺については、もっと予備知識があったほうがよかったかな。寿覚院の前の家には二階のベランダに柴わんこがいて「あそべっあそべっ だれっだれっ」とにぎやか。
会場に戻ってMiya.mさんによるガイダンス。
ワークショップの後半、名探偵ラッコナンが札所の札を見せてもらえたという喜びは、3月の時間切れギリギリの髙瀨さんの出典発見のメロス状態に匹敵するウィキペディアタウンならではの、光がさすような嬉しい一瞬でした。
さてさて、ワークショップも講評もつつがなく終わり、高橋さんが示す古地図の変化に一同驚嘆。
そして懇親会。「カフェ・ラ・トープ」はとてもとてもおしゃれなお店。下北沢っぽい雰囲気。ここでも高橋さんと語りまくる。トイレに行ってる間にMiyaさん夫妻は帰途に。
懇親会も終わり、駅までみんなで歩く。
町屋、屋敷、明治以降の堅牢な洋式建築など、時代的な建築物が次々と壊されていく丸亀。空き家になっているところが多いため、防災面も維持も大変だと思う。この日も図書館近くの間口が広い町屋が取り壊されていた。だけれど、街の景観に統一感を持たせて、古い建築物を移築していき、商店街の軒を彩れば、もしかしたら歩いてお城までの道を楽しんでくれる観光客が増えるし、古い建築物も有効に活用できて残しておけるんじゃないかなと、素人考えを披露。
かんたくん、きむらさん、高橋さんお疲れ様でした。
主催の大西さん、お疲れ様でした。丸亀の隣の宇多津駅まで車で送ってもらい、2日目は終わり。明日の朝食はホテルのバイキング。3月の京都の朝食のホテルバイキングはあまり楽しめなかったから、今度は食べられるものがたくさんあるといいな。明日は10時に中俣教授がホテルの前まで迎えに来てくれる。明日の講義用に資料をアレンジ。電池の残量が気になるので、USBメモリに移すのを忘れずに。

Facebookにいろいろ書いたもののまとめ的な四国2泊3日ツアー記録。

Facebookにいろいろ書いたもののまとめ的な四国2泊3日ツアー記録。

【初日5/20 晴】
生まれて初めて四国に。瀬戸内海や広島はあるんだけど、四国は初めて。切符はちゃんと買ったし、資料もちゃんと作った。パソコンも入れた。着替えも1泊分詰めた。
最寄り駅の改札でPASMOをピッとした瞬間まで、今日はPASMOで改札を抜けちゃダメなんだぞーと言い聞かせていた。はず。なのに。改札でPASMOの記録を消してもらい、めでたく切符で再入場。
新横浜で新幹線乗りかえ。ばっちり。各地を通過するたびにFacebookで仲良くしていただいている方々の方へ手を振り、岡山に無事到着。乗りかえ。瀬戸大橋通過。丸亀に着きました。
ほとんどみなさんお揃い。かんたくんと木村さんはのちほど合流で、丸亀の近くの詫間町ウィキペディアタウンを開催したいと考えている田中さんの超豪華な車と、主催者の大西さんの車と二台で移動。車中は高橋さんがお隣だったので地図の話などをする。高橋さんが沼津の市川さん夫妻とつながっていないことを知り、紹介。
中村うどんへ直行。ひやひやをいただく。
ちゃんと書いてしまいますが、感動するほどおいしいということはなく、普通に美味しい。だしは私からするとちょっとしょっぱい。
中俣さんが作成したスケジュール表の通りに、次は丸亀城へ。手前の広場についての解説(軍関係の土地だったことなど)をガイドしてもらう。丸亀城ウィキペディアに掲載された画像を見てもわかる通り、小高い山そのものの敷地で60メートルの高さ。照りつける日差しの中、ひーひーいいながら一番上まで登る。天守閣はさらに狭くて急な内階段を登るので、みやさんはパス。みやむさんは足がしんどいながらも登る。海獺氏はへとへとだけど頑張る。
三の丸にスペシャルゲスト!!
K様こと「こすず」ちゃん(女の子 7歳)が中俣先生の奥様といっしょにお散歩に来ていました。遠く聞こえる太鼓の音が気になっていたのか、あまり心を開いてはくれないものの、たくさん撫でさせてもらって、写真も撮らせてくれました。
城から降りてきて再び車で移動。丸亀陸軍墓地へ。ここはいつか記事に反映させるべき場所。
車で丸亀港へ移動。ここで木村さんとかんたくんが合流。16:30ごろ?
かんたくんを高橋さんに紹介して街歩き。ここで、海獺氏は気になっていたことを中俣さんに尋ねる。
「あのー、このスケジュールにある、二軒めのうどん屋さんは、いつ・・・?」すると中俣教授はこうおっしゃった。「・・・忘れてた」
まあ、おなかはまだそれほど空いていないし、いまから食べたら宴会で食べられなくなるし。でも、かんたくんはまだうどん食べてないし。いやいいです。みたいな会話を経て、ふたたび街歩きを。ここでもうひとつ海獺氏は気になってることを中俣さんに尋ねる。
「あのー、今日ご案内していただいた場所には、明日の記事の編集対象のところはありますか?」すると中俣教授はおっしゃった。「いいえ?」。

18:30.宴会は大きな「いけす」があるお店。名前なんだっけ。
いろいろ話している最中に、中俣さんが「らっこさんに、月曜日のコミュニーケーション論の授業でも話してもらおうかなー。ネットリテラシーウィキペディアウィキペディアタウンのこと」とか言い出す。私は一応月曜日は腰痛のために有休をとっていて、腰痛が出なかったら月曜日は茂出木さんにご挨拶に行こうかと思ってまして、妻さんには1泊2日と言ってあるし、着替えも2日分。うーん、と、つらつら考えているうちに周りの皆さんはやるんじゃね?やるべきでしょみたいな雰囲気になってるので、妻さんに確認。
いろいろ思うところはあるだろうけど、妻さん快諾。
海獺氏としては、望まれて話をして、ウィキペディアのことを少しでも多くの人に理解してもらえる機会があるなら、喜んでどこへでも話には行きたいし、つい先日有山先生の計らいで中学生、高校生、大学生にお話した経験も得たし、その時の資料もノートPCに入ってる。資料を少しホテルでブラッシュアップすれば、期待されているような話は出来そう。それに自己分析をすれば、これほど承認欲求を満たしてくれることはない。
そんなわけで、海獺氏の香川滞在は2泊3日になったのでした。
豪華な車の詫間町の田中さんは、明日のウィキペディアタウンは都合で出席できないので、代わりの人が来ることになっているとおっしゃっていた。うーん話を聞いて欲しかったなぁ。
などと思いながら1日目は終了。ホテルに到着。
さて、あさっての大学バージョンの講義資料を考えてみ・・・・ノートパソコンの電源ケーブル忘れた。続きは今週中に・・・? 飽きてなければ。